カラスの巣が電気をとめる。

毎年春になると、特定の地域で「原因不明」に見える停電が増える。
落雷でもない。工事でもない。
犯人は、カラスだ。

1.なぜカラスの巣が停電を起こすのか

カラスは賢い鳥だ。そして、巣作りにこだわりがある。
巣の主な材料は木の枝だ。ただし、枝は電気を通さない。それ自体は問題ではない。問題は、都市部のカラスが針金ハンガーなどの金属製素材を混ぜて使うことだ。
針金ハンガーはどこにでも落ちていて、硬くて形が保てる。巣の骨格として都合がよい。そして、巣を作る場所にある。
カラスは高くて安定した場所を好む。電柱は、その条件を完璧に満たしている。見晴らしがよく、外敵が近づけば気づける。天敵も少ない。
電柱の上で、枝と針金ハンガーを組み合わせた巣が積み上がっていく。その金属部分の先端が、配電線(6,600ボルト)に触れた瞬間、短絡(ショート)が起きる。
配電線に大電流が流れ、変電所の保護継電器が異常を検知する。遮断器が開き、その区間への送電が止まる。

停電だ。

枝だけの巣なら短絡は起きない。金属が混じった巣が、停電を引き起こす。

参考:鉄塔や送電線に関するQ&A|東京電力パワーグリッド

【技術補足】短絡と地絡
「金属が電線に触れる」と一口に言っても、電気的には2つの現象に分かれる。
短絡(short circuit):
 金属材が2本の電線(異なる相)を同時に橋絡し、相間に低インピーダンスの経路ができる。大電流が流れて遮断器が動作し、明確な停電として記録される。
地絡(ground fault):
 金属材が1本の電線と、接地された電柱部材(腕金・避雷器の接地線など)の間に架かり、大地へ電流が流れる。

電力中央研究所・九州電力など電力業界が「カラスの巣による停電原因」として公式に記録しているのは主に短絡だ。

理由は2つある。第一に、針金ハンガーは30cm程度の長さがあり、電柱上に近接して張られた複数の相の電線に同時に触れやすい。第二に、日本の6,600V配電系統は中性点非接地方式を採用しており、1線地絡が発生しても地絡電流は数Aと小さいため、遮断器が動作せず停電に至らないケースがある。

地絡も実際に起きる(九州電気保安協会の現場事故事例に記録あり)が、停電として表面化しやすいのは相間短絡だ。

2.規模感:どれくらい起きているのか

まず、被害の規模を数字で確認しておく。

電力中央研究所の推計によると、全国で年間20万個超の巣材が電柱・鉄塔から撤去されている。

撤去1件あたり作業員3名・約2時間を要するとすると、全国で年間約120万時間の作業が費やされている計算だ。

個別の事例を見ると、四国電力送配電の管内・香川県では2022年2月〜6月だけで7,787個が撤去され、その間に停電4回・延べ約4,000戸に影響が出た。

東北電力ネットワーク・新潟支社では、2024年度に6,237個(過去最多)を撤去し、カラスに起因する停電は20件に上った。

全体の停電に占める割合でいえば、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の統計(令和5年度)によると、高圧配電線路の停電故障14,153件のうち**鳥獣接触は945件(6.7%)**を占める。

(※鳥獣にはカラス以外に蛇・ネズミ等も含む)

参考:令和5年度電気保安統計|NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)(第11表)
参考:第30回 電力流通設備におけるカラス被害 (1) カラス被害の現状|電力中央研究所

3.なぜ春に集中するのか

カラスの繁殖期は3月から7月にかけてだが、巣作りと産卵・抱卵は3〜5月に集中する。電柱への営巣、そして金属製巣材の持ち込みもこの時期に集中するため、停電の件数も春に増える。数字で見るとその集中ぶりがよくわかる。

東北電力ネットワーク・新潟支社では、年間20件の停電が記録された2024年度に対し、2025年は3月だけで7件が発生した(新潟日報、2025年3月末報道)。

香川県でも撤去された7,787個の巣は2〜6月に集中しており、特に3〜4月が最多だった(KSBニュース、2022年)。

群馬・埼玉(東京電力PG管内)では4月の22日間だけで3件・約1,300軒に影響が出た事例もある(上毛新聞、2024年)。

業界にいる人間には「毎年のこと」だが、一般にはほぼ知られていない。

参考(カラスの生態):
カラスをよく知ろう|札幌市環境局(繁殖期・巣材に針金ハンガーを使用することがある旨の記載あり)
カラス・ハトによる被害について|横浜市(繁殖期3〜7月の記載あり)

参考(電力設備への影響):鳥の巣やカズラの巻き付きなどを発見されたらご連絡ください|九州電力送配電

4.電力会社が取っている対策

電力会社はこの問題を長年対策してきた。

① 春のパトロール強化

繁殖期に合わせて、配電線や電柱の巡視頻度を上げる。

作業員が目視で巣を確認し、発見次第撤去する。

北陸電力送配電は「毎年営巣シーズンに、多くの人員を配置し巡視を行う」と公式に説明しており、東京電力パワーグリッドも「繁殖期には監視を強化し、適切な時期に撤去する」と明記している。

ただし、配電線は広大なエリアに張り巡らされている。人手だけでは限界がある。

参考:電柱の上にカラスの巣を見つけたらご連絡ください|北陸電力送配電
参考:鉄塔や送電線に関するQ&A|東京電力パワーグリッド

② カラスの忌避器具の取り付け

カラスを物理的に近づけにくくする忌避器具(風車など)を電柱に取り付ける方法もある。

北海道電力ネットワークは「電柱に巣を作らせないよう、風車などさまざまな器具を取り付けている」と説明している。

ただし、カラスは学習能力が高く、効果を持続させることが難しいのが現状だと同社は正直に認めている。

参考:カラスの営巣防止|北海道電力ネットワーク

③ 絶縁カバーの取り付け

配電線の危険箇所に絶縁チューブを被せ、金属製の巣材が接触しても短絡しないようにする。

全線に施工するのはコストがかかるため、リスクの高い箇所に優先して設置する。

参考(カラス被害の全般的な状況):第30回 電力流通設備におけるカラス被害 (1) カラス被害の現状|電力中央研究所

5.「自動車で撮って回る」時代があった

実は、この問題に別のアプローチで取り組んでいた時期がある。

2000年代初頭、東京電力の研究所に在籍していたころ、自動車にカメラを搭載して配電線沿いを走行しながら撮影した画像からカラスの巣や避雷器の動作状況を自動認識するという研究に携わった。特許出願まで行った記憶がある。

当時はカメラ付き携帯電話が普及しておらず、モバイル通信の回線も細かった。広大なエリアをカバーするには、カメラを積んだ自動車が走り回るのが最も合理的な手段だった。

「いかに広域の配電設備を効率よく巡視するか」——
課題は当時も今も同じだ。
技術とアプローチが変わった。

自動車が走っていた巡視ルートを、今は市民のスマートフォンがカバーしようとしている。

6.市民が、停電を「防ぐ側」になれる

2026年3月、東京電力パワーグリッド(東電PG)が面白い取り組みを始めた。

スマートフォンアプリ「ピクトレ」を使って、電柱上のカラスの巣を撮影・投稿すると、1件あたり300円相当のポイントがもらえる。

  • 運営:グロース・リング・グリッド(東電PG関連会社)
  • 対象エリア:千葉県全域、栃木県佐野市、群馬県館林市、埼玉県加須市
  • 期間:2026年3月7日〜(千葉県は4月10日まで、他3市は5月31日まで)

出典:参加型社会貢献コンテンツ「PicTrée(ピクトレ)」の実証試験の実施について|東京電力パワーグリッド(PDF)
報道:電柱のカラスの巣を探せ 撮影ゲーム「ピクトレ」、千葉全域で新企画|日本経済新聞(2026年3月11日)
報道:「稼げる」スマホゲームで老朽インフラ維持|withnews(朝日新聞系、2026年3月4日)

この取り組みの本質は、「インフラ維持のアウトソーシング」だ。広大な配電網を人手でパトロールするのは非効率だ。市民の目を借りることで、早期発見・除去を実現しようとしている。

「停電は電力会社が防ぐもの」という常識が、ここで変わり始めている。

7.電力インフラは、意外なところで弱い

30年間、電力系統の監視制御システムに携わってきた。大規模な停電というと、台風・地震・落雷など自然災害をイメージする人が多い。実際にはカラスの巣、樹木の接触、小動物の侵入といった「ローテク」な原因も多い。

電力インフラは、きわめて精密に設計されている。しかし同時に、自然環境の中にむき出しで設置されている。その「強さと弱さ」の両方を理解することが、インフラを正しく評価することにつながる。

カラスの巣を見かけたら、ピクトレで報告してみてほしい。それが、あなたの街の停電を一件減らすことになるかもしれない。

8.参考・引用元

電力設備・被害統計

カラスの生態

著者関連特許

ピクトレ(東電PG)

← ITQ Lab トップに戻る